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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)37号 判決 1975年12月15日

昭和五〇年(ネ)第六九号事件控訴人兼

同第三七号事件被控訴人

長谷川信幸

右訴訟代理人

荻秀雄

外一名

昭和五〇年(ネ)第六九号事件被控訴人

丸沢ミチ

右訴訟代理人

原田敬三

昭和五〇年(ネ)第三七号事件控訴人

大高悦子

右訴訟代理人

大崎康博

外一名

主文

一、昭和五〇年(ネ)第六九号事件控訴人長谷川信幸の控訴を棄却する。

二、昭和五〇年(ネ)第三七号事件控訴人大高悦子の控訴を棄却する。

三、控訴費用のうち、昭和五〇(ネ)第六九号事件関係の分は同事件控訴人長谷川信幸の負担とし、同第三七号事件関係の分は同事件控訴人大高悦子の負担とする。

事実《省略》

理由

一当裁判所も第一審原告の第一審被告丸沢に対する請求は失当であるが、第一審原告の第一審被告大高に対する請求は正当であると判断するところ、その理由は、第一審被告柴田壮一郎に関する部分および原判決書理由欄のうち第八項に記載の部分を除き、かつ、次のとおり付加・訂正するほか、右理由欄に記載されているのと同じであるから、これを引用する。

(一)  《証拠》によれば、第一審被告丸沢は引用にかかる原判決認定のとおり訴外織田の本件建物建築資金調達に便宜を与え、その賃借部分の内部造作工事をも独自に飲食店営業に適するように行うこととし、自身で工事店等にその施工を依頼して、一応取りつけられていたカウンターを取り壊し、幅の広いカウンターに取り替え、新たに冷蔵庫置場、流し台を作り、床石を張るなどの内装工事を実施させるとともに、その頃から営業開始にいたるまでしばしば本件一階部分(引用にかかる原判決の略称)に出入りして、営業開始の準備をしたこと、同じく第一審被告大高も訴外織田に対し原判決認定の保証金を交付した直後の昭和四四年四月下旬より本件二階部分をスナツク営業をするのに適するよう自己の資金で内装工事を行うこととし、自身で工事店等にその施工を依頼して、床のピータイルの上にじゆうたんを敷いたり、荒壁同様の状態になつている壁面にチーク材の板張りをし、サツシユガラス、電燈の傘を取りつけるなどの内装工事を実施させるとともに、その頃から営業開始にいたるまでたびたび本件二階部分に出入りして、営業開始の準備をしたことがそれぞれ認められ、訴外織田と第一審被告大高との賃貸借契約公正証書(丙第三号証)中に、賃貸借の対象として、本件二階部分のほかに、スナツク喫茶営業用造作一式も含まれる旨の記載があるが、それら造作の工事代金等を同第一審被告が負担したからといつても、賃貸借終了の場合にいわゆる居抜きのまま賃借建物部分を賃貸人に明け渡す便宜上、この種の記載がなされることもありうるので、右記載は前認定の妨げとなるものではない。

(二)  引用にかかる原判決の認定するとおり、昭和四四年三、四月ごろにおける本件建物の状態は、地下一階および二階から三階に通ずる階段を残して躯体および外装工事はほぼ出来上つており、ガスおよび水道が通じていなかつたが、建物自体の工事関係者の出入りがしきりであつたというほどの状況を認めるのに足りる証拠はなく、建物建築工事の進捗状態が右の程度に達しておれば、借家法一条一項にいう引渡の対象となる建物とみるのが相当であり、そのころ建築主(賃貸人)たる訴外織田がなお多少の未完成部分の工事の見回りなどのため、同訴外人自身も出入口の鍵を所持していて、建物自体の工事人がたまたま出入りしていたとしても、これをもつて右のように解することの妨げとなるものではない。

また本件賃貸借の成立前に引用にかかる原判決認定のような事情があつたことからすれば、賃貸人たる訴外織田が第一審被告らの営業開始の前月までの賃料の支払を免除したことに格別の不自然はなく、賃料支払の始期が賃貸借成立の時から数か月おくれていたとしても、そのことから賃貸建物部分の引渡未了の事実を推認することはできない。

さらに、本件建物について第一審原告競落の基礎となつた抵当権設定にあたつて、その設定契約当時抵当権者となるべき者によつて本件建物を現場について直接調査したことをうかがいうる的確な証拠はないが、引用にかかる原判決(当裁判所において付加・訂正した部分を含む)の認定する事実関係によれば、なるほど第一審被告らがその各賃借部分について看板、表札を掲げるなど賃借人の入居を公示する方法を講じたことはなかつたとしても、誰でも右現場に臨んで造作工事等の工事関係人などについて所要の調査をすれば、同被告らがすでにその賃借部分の引渡を受けて工事施行、開業準備などをしていることが容易に知りえたはずであるから、第一審被告らにおいて昭和四四年三、四月ごろ借家法一条一項にいう右賃借部分の引渡を受けていたというのに妨げはない。

(三)  <証拠>中には、訴外織田と第一審被告大高との間の原判決認定にかかる建物部分賃貸借契約の合意解除はなく、同被告の賃貸関係は依然継続し、その間に訴外楠らに転貸したにすぎない旨の供述はあるが、これら各供述によつても、訴外楠らの賃借入居以前から訴外織田は同被告と事実上の夫婦として共同生活をしており、右楠らに対する賃貸の交渉等を行い、訴外織田と同楠らとの間の賃貸借契約証書は作成されたが、右被告貸主名義、訴外楠らあての賃貸借契約証書は作成されていないこと(第一審被告大高の当審における本人尋問のうち右に反する供述部分は、その原審における供述に照らし、不用意な誤つたものと思われる)、訴外楠らに対する右建物部分の賃貸はもつぱら訴外織田のために資金を必要としたからであることが推認され、<証拠>によれば、訴外楠らの右賃借前である昭和四五年一一月三〇日付読売新聞朝刊一四版一二面に掲載の本件二階部分の賃借人募集広告の依頼者が本件建物の所有者たる訴外織田であることは第一審被告大高において明らかに争わないことなどを考慮すると、訴外織田と右被告間の賃貸借の合意解除を否定する趣旨の前記各供述は、事理を混同してなされたものと思われるので、採用できない。

(四)  引用にかかる原判決認定のとおり、第一審被告大高は訴外織田より本件二階部分を賃借するにあたり、訴外中橋亥之松(同被告の姉の夫)より五〇〇万円を借り受け、そのうち三〇〇万円を訴外織田に保証金として差し入れたのであるが、同被告の訴外中橋に対する右債務五〇〇万円につき、訴外織田が連帯保証ないし重畳的債務引受をしていること、訴外織田が本件建物の建築資金等として借用した金員の返済に窺した結果、本件二階部分を訴外楠らに賃貸することにしたのであるが、その当時訴外織田と第一審被告大高とは本件建物の三階で同棲していたことに照らすと、同被告が訴外織田との間の本件賃貸借契約を合意解除するにあたり、保証金の返還に関する合意がなかつたとしても、必ずしも奇異なことではなく、それらの事実がなかつたことをもつて、右賃貸借の合意解除がなかつたと認定するうえの妨げとなるものではない。

(五)  第一審被告大高は、訴外織田から本件二階部分を賃借するにあたり、同訴外人に三〇〇万円の敷金を支払つているから、同賃貸借が消滅すれば、当然に同訴外人に対しその返還請求権を有し、これを被担保債権として右賃借部分につき物権としての留置権を有するので、その支払があるまで第一審原告に対し同賃借部分の引渡を拒むことができると主張するが、仮に右主張のとおり第一審被告大高が本件賃貸借にあたり訴外織田に三〇〇万円の敷金を差し入れたとしても、建物の賃貸借終了に伴う賃借人の建物明渡債務は、特別の約定のないかぎり、賃貸人の敷金返還債務に対し先履行の関係に立ち、賃借人は、賃貸人の建物明渡請求に対し敷金返還請求権をもつて留置権の抗弁を主張することはできないものと解すべきところ(最高裁判所昭和四九年九月二日第一小法廷判決・民集二八巻六号一一五二頁参照)、訴外織田の前記敷金の返還請求債務と第一審被告大高の賃借部分明渡債務とが同時履行の関係に立つなどという特別な約定があつたことの主張立証ともに存しないから、同被告が右敷金の返還に関して本件賃借部分明渡につき留置権を取得したことを前提とする右主張は、その余の点につき判断するまでもなく、失当たるを免れない。

二よつて、第一審原告の第一審被告丸沢に対する請求を排斥した原判決は相当であり、第一審原告の控訴は理由がないのでこれを棄却し(昭和五〇年(ネ)第六九号事件関係)、第一審原告の第一審被告大高に対する請求を認容した原判決は相当であり、同被告の控訴も理由がないのでこれを棄却し(昭和五〇年(ネ)第三七号事件関係)、控訴費用の負担につき、民訴法九六条、九三条および八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(畔上英治 安部正三 岡垣学)

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